『食堂かたつむり』でおなじみの小川糸さんの新作。
谷中のヒマラヤ杉の近くでアンティークきもの店「ひめまつ屋」を営む栞(しおり)が主人公。
栞は、客としてふらりと店にやってきた木ノ下春一郎に心惹かれるが、彼の左手の薬指には指輪が光っている。
しかし、カフェ『千駄木倶楽部』でお茶をし、湯島天神へ続く夫婦坂で手をつないで散歩し、江戸前寿司『乃池』で持ち帰りにしたあなご寿司を一緒に食べ…、と逢瀬を重ねていくうちに、互いに無くてはならない存在になっていく。
着物姿のヒロインと、谷中を中心とした街の情景、下町気質を感じさせる生まれながらの住民たち、近所の料理屋などのおいしそうな食事のシーンなど、ジャパネスクをたっぷり堪能できる作品。
私は谷中銀座にある本屋『武藤書店』で購入したのだが、作中に登場してくる実在の店などを紹介した無料の地図を配布していた。
不倫をテーマにしているせいか、Amazonのカスタマーレビューなどは辛口のものが多い。
確かに、物語の進行や登場人物たちはすべてヒロインの都合の良いように動き、谷中周辺の情景も栞の“引き立て役”のようになってしまっており、ヒロイン(≒作者)のナルシシズムを強く感じてしまう。
そのへんは抜きにして、下町情緒を味わうにはお勧めの本。
特に、食事のシーンの描写は秀逸。
『喋々喃々』
ポプラ社刊
1575円
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