夏目漱石、森鴎外、高村光太郎、幸田露伴、北原白秋、佐藤春夫、樋口一葉…。
この界隈にゆかりのある文豪たちだ。
今まで、教科書に載っているような作家は敬遠していた。
が、せっかく文豪の街に住んでいるのだ。
この街に住んでいた彼らの作品や、この街が舞台となった作品を読んでみようと思う。
とはいっても、文豪作品はやっぱりちょっと苦手。最初は、馴染みのあるものがいい。
そこで選んだのが、江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』。
それにしても、D坂が団子坂のことだと知った時は、思わず笑ってしまった。「団子」という響きと「殺人」がミスマッチで、乱歩作品のイメージにふさわしくない。
やはり、D坂としたのは正解だったろう。
今のD坂には当時の面影はない。写真は団子坂下交差点のもの。
『D坂の殺人事件』は、かの名探偵・明智小五郎が初登場する作品だ。
まだ20代前半の明智は、D坂にほど近い家の二階の四畳半を間借りしており、職業を持たぬ一種の遊民として描かれている。
学校を出たばかりで職業にありつけずにいる青年が語り部となる、小説の書き出しはこうだ。
それは九月初旬のある蒸し暑い晩のことであった。私は、D坂の大通りの中ほどにある、白梅軒という、行きつけの喫茶店で、冷しコーヒーを啜っていた。(中略)
さて、この白梅軒のあるD坂というのは、以前菊人形の名所だったところで、狭かった通りが市区改正で取り拡げられ、何間道路とかいう大通りになって間もなくだから、まだ大通りの両側にところどころ空き地などもあって、今よりはずっと寂しかった時分の話だ。大通りを越して白梅軒のちょうど真向こうに、一軒の古本屋がある。
この古本屋で、殺人事件は起こる。
事件の真相は、今だったら笑ってしまうようなオチとなるのだが、当時は斬新だったのだろう。
何でも最初に考えた人、やった人は偉い。
『D坂~』を初めて読んだ中学時代は、やっぱり乱歩作品の妖しい雰囲気にドキドキしながら読んでいた記憶がある。
ちなみに、D坂からS坂(三崎坂)に入った右手に、かの有名な喫茶店『乱歩』がある。
江戸川乱歩がお好きなご主人は、もの静かで、とても上品な方。
ご主人が丁寧に淹れてくれるコーヒーがおいしい。
また、猫がいることでも知られている。
店の手伝いの女性に猫のことを聞いたら、「今日は寒いから二階の炬燵で寝ています」とのこと。
オットと私がこの店に立ち寄った時はまだ寒かったのだ。でも、もう暖かくなったから、店の中にいてくれるかな。
帰り際、ご主人から何度も「ありがとうございます」と言われて恐縮。
また、ふらりと立ち寄ってみよう。
江戸川乱歩全集 第1巻
『屋根裏の散歩者』
講談社刊
コーヒー専門店『乱歩』
台東区谷中2-9-14
03-3828-9494
午前10時~午後8時
月曜休
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